なんとなく発表会

山本?とベンジャミン by コアラ

受験の1月です。

ということで、macacoは受験でネタが書けないので、何か代わりに書くという事 になりまして、何を書こうかと考えたんですね。

それで、折角なんで、勉強ものが良いかと思って……多分これ小学生の頃なんですが、macaco用に家で買った国語の問題集の中に、納得の行かない文章があったのを思い出して、それについて書こうかと思います。

『遅刻の言いわけ』?

それで、当の問題集を探したけれど見つかりませんでした。もう小学生の頃のものなので、捨ててるんですよね。それでchromeAIのcopilotに聞いてみると、山本幸久氏が書いた『遅刻の言いわけ』ではないかとのことでした。

原文を探したんですがネット上でも見当たりませんね。小学生向けの教材に使われていたらしいのですが、一般の文章として公開されたものではないのかも知れないとのこと。

私の記憶が確かならば……

例えば15分の遅刻をしたとします。それで、10人と待ち合わせをしていた場合。15分の10人分を無駄にしたわけですから、150分を無駄にしたことになります。これをお金に換算するとどうでしょうか?

みたいな感じだったんですね。個人的に納得がいかない点は大きく2つ。

  1. 相手が少人数やったら遅刻してもええんかい?!
  2. 遅刻した分をお金で払ったら遅刻してもええんかい!!

待ち合わせした人数

ね、おかしくないですか?

同じ15分遅刻したとしても、相手が1人の時と、10人の時とで罪の重さが違うって言うんですよ。10人と待ち合わせしたら罪が10倍になるっていうんですよ!

まぁ相手が1人なら、許してもらえる可能性は高い。でも待たせたことに変わりはないでしょ?罪が軽いとは思えない。

想像してください。この寒空に1人で待つ気持ち。

「あれ?時間間違えたかな?もしかしたら場所が違う?相手も別のことろで待ってたら申し訳ないな。大丈夫かな??急用ができたとか?いや、急用なら電話くれるよね。電話がないってことは、もしかして事故とか?!マジか!どうしよう…」

では10人だとどうでしょう?

10人くらいで待ってると、お喋りやなんかで時間が過ぎるのが早く感じられて、1人で待っている時よりもあっという間に15分が過ぎる気がします。

「あ、遅れてたの?喋ってるうちに時間過ぎてたの気付かなかった。」

待っている側の心の負担ということでいうと、相手が10人の時よりも、むしろ1人の時の方が罪は重い気がするのは私だけでしょうか?

Time is Money(時は金なり)

『Time is Money』はアメリカ合衆国建国の父のひとり、ベンジャミン・フランクリン氏の言葉 らしいです。時間を無駄にすると、その時間で得られるはずだったお金を損していますよという意味で使われているみたいですね。稼ぎ損ねるな!っていう資本主義的な考え方です。アメリカ合衆国の100$紙幣に肖像が載っているくらいですから著名人ですよね。

それでは、15分の遅刻をお金に換算するとどうなるか計算してみましょう。

今って時給1000円くらいですか?15分で250円ですね。遅刻15分につき、250円分の反省をすればいいと。なんか案外安くないですか?(笑)

250円ならコンビニでホットコーヒーと、ほかほか豚まんでも買って渡しておけば反省しなくても良いって事になりません?

「はい、これ遅刻の代償ね。これでチャラでいいよね?ああ、課⾧は時給高いから豚まん2個つけときますよ。部⾧は豚まん3個ね。あ、バイトの子は時給安いんで、小さい方のコーヒーで~。」

って話ですか?って事になります。

待たせた相手の人的価値によって罪の重さが違う事になる。それはどうなのよって思いませんか?いや、豚まんいっぱい食べたいけど、決して自分の豚まんの数が少ないことをどうこう言っているわけじゃないですよ。3個貰ったって遅刻はチャラになりませんよねって、心の狭いことを言ってるんです!(笑)

時間=お金

これだけを徹底してやっちゃうと心の問題がないがしろになってしまう。

まぁ、分かってますよ。大人ですからね。これはひとつの考え方であって、この切口だけで全てを考えるわけにはいかない。資本主義が悪いというわけではない。ただ、このような文章が小学生の教材として使われることで、まだ時間の大切さや、お金の大切さ、人間関係や思いやりの気持ちの大切さだったり、協調性と自我の妥協点やなんかもよく分かっていない子ども達が、このような短絡的な発想に行きついてしまう危険性を考えて、ちょっと怖いなぁって思ってしまったのは自分だけでしょうか?

お金で買えない価値があるってことを、子ども達には学んでほしいですね。

コアラ札

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